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2011年3月6日日曜日

初春の俳句


よく笑いよく泣くアネの雛祭り
                
日本で俳句の会に入っていたとき、よく先輩から言われた。そしてきっと再びいわれるだろう。
「この句の、アネ、をね、
母にしたらどうなる?
妻にしたらどうなる?
あまり句は変わらないわね。つまりアネ、である必要はないのね。」
「あのぉ、それってどういう意味ですか」
「それはもっとつきつめていうと、
季語の雛祭り、を七夕に変えてみたり、お正月、に変えてごらん。
あまり句のイメージは変わらないわね。
それは季語を生かした句ではないってことなの。
または言葉の本質を生かした句ではないってことなの。
その言葉でしか得られない俳句、を作ってごらん。」

なるほど。それは、むずかしい!

ところで、アネ、を姉にしなかったのは、
私の血のつながった姉でなく、友達でねーさんみたいに思う人を指しています。
こじつけやねんけど、個人的にそれでええ、としとこう。
ほんで、このアネの部分、
妻や母っていうとその句を詠んでいる人の顔が見えてきて、
やっぱ、アネとは違うと思う。
この私の句は、「アネ」ですよ~絶対。
満月のように笑い、虹のように泣き、
雛人形がなぜかねーさんらしい。

ねーさんは最近登場頻繁のNYの友達。
ちょい年上やし、昔NYでよくめんどうかけたし、
(今でもやんかっ、っていわれそうだが、、、、)
俳句にも登場してもらいました。

2011年3月5日土曜日

イサム・ノグチ 「Looking for frontiers」

イサム・ノグチの私のイメージは、、、


これも、入る。


山口淑子さんとの結婚。ハンサムでクールで、白洲次郎とちょっと重なるような人。この時代のカッコいい人っつうのは桁違いに強く、反骨精神に富み、見かけだおしではなかった。

イサムノグチは、
アートも桁外れで、NYのNoguchi Museumでびっくりした。
彼の作品はインテリアだけじゃな~い。わたし、知らなかったぁ。


マグマ大使みたいなでっかい作品から、コロボックルみたいな小さな作品まで、250もがこの美術館にある。え?250、、、すごい数。1922年がNYでのアートの始りで、それから約40年間の間に、インテリアデザイン、工業デザイン、彫刻、建築に渡る作品の数々を残した。この美術館はかつて彼のスタジオ。

日本の香川県高松市にも彼の美術館はあり、世界各地に彼の作品は広がる。いったいどんなペースで作品を創っていたのだろう?コラボしたアーティストは、モダンダンスのマーサ・グラハム、伊藤三千夫、そしてメキシコアートのリビエラ・ディエーゴ、フリーダ・カーロ、、、とリストは圧巻。

ピカソもすごいが、ノグチもすごい。

NYのノグチ美術館は、マンハッタンをイーストリバー越しに、エンパイアステートビルが見える。
NYのねーさんと車でしゃ~っと行く。静かな住宅街を抜けて、隠れ住みかみたい。
ノグチ庭園美術館、と名前にあるだけあって、外に庭園がある。


おもろうてやがて楽しい庭園。
屋内のギャラリーは2階建て、ところ狭しと並ぶ作品のひとつひとつにたちどまりました。

「Looking for frontiers」(フロンティアを求めて)と彼はいつも言ったそうです。とらわれのない心で、透明なつながりや空間を感じさせてくれました。
すごい人に会ったぁ、って感じです。

2011年2月27日日曜日

金網の向こう


フロリダの少年&少女刑務所でのショーは、
予想通り、門をくぐったところから、2重の金網で、
てっぺんにはぐるぐるの針車が青い空を刺していた。
ただその金網はそれほど高くなく、
明るい太陽のせいか、物々しい感じは予想以下だった。

私のショーに入ってきた高校生のグループは、
女子のグループも男子も、目をきらきらさせて
よく笑い、よく考え、楽しく見てくれた。
普通の高校生と変わらない。

昼休みに担当の指導者3人とランチ。
「そうでしょ。普通の高校生よりもいい位よ。
だって、娯楽がないんだもの。ここには。だからありがたい気持ちがあるの。
それにね、この子達は家庭が貧困だったり、荒れていたりする子がほとんどで、
まともに自分の街以外は知らないわ。
出たことがないし、そういうチャンスをもらったこともないの。
だから、あなたのように日本の作品をもってきてくれると、彼らの冒険心をみたす新しい経験になるのよ。」

私はフロリダ州との契約で、福祉の必要な地域に行くことが多く、
こういう話はよく聞く。

ドアの全て、トイレから倉庫まで全てに鍵がかかっていて、
全てのドアに許可がいる。
ショーが終わると、軍隊の点呼のようにひとりひとりが自分を番号で答える。
ひとりひとりの靴が丹念にチェックされ、ポケットやシャツの中まで点検される。
でっかい高校生達が指人形のように真っ直ぐ立ちで、
誰一人として反抗的な態度をとらず、
空港のセキュリティを通るような従順な顔で、
7人もの指導者の指図に従って、出ていく。

「そりゃね、ルールが厳しいし、従わなかったら即座に罰則による対処があるわ。
ここは全てにルールがあり、生活ルールをもつことを学ばせて、
選択なしに勉強をさせられて、カウンセリングを受けて、更正の道を歩むの。」
 
私は甘さと苦さのアイスティを飲んで、ふと言ってみた。
「それはある意味、家庭から与えられなかった秩序みたいなもんで、
彼らにとっては前を向けて、嬉しいことかもしれないね。」
コドモの発育には安定した環境と生活ルールが必要で、
それがないことはコドモにとって不安、時には恐怖感を伴う、と教育書で読んだことがあった。
 
ここには自由はないけれど、
家庭暴力やドラッグなど、はらってもはらってもふりかかってくる不安定な環境はなく、
いいようのない恐怖をルールのある生活で戦い、勝ちや負けを重ねて、
新しい道を歩くスタート、もしくはチャンスがここにはある。
 
質素なポリエステルのワンピースにプラスティックのイヤリングをした指導者は、
サラダからたまねぎとクルトンをよけて、パクパク食べ、さっさしゃべってくれる。
「ほとんどの子達は、ここに来て、荒れた生活を変えるの。一生懸命がんばってるわ。だからあなたの言うように、ここに来て嬉しい部分はあるといえるわよ。だって刑期が終わっても、わざと悪いことをして、ここにもっといようとする子が多くいるもの。」

最後のショーでは、私の篠笛を近くで見たいと、指導者にお願いした子がいた。
まん丸の顔で目もまん丸で、巻き毛もまん丸で、大きなそばかすが顔の真ん中にあって、
肌がドラ焼きみたいな色で、なんとまあ可愛い高校生。
「僕、この音、大好き」
それだけを言って、退場していった。
すごく吹きたそうにしたので、指導者に許可を得て、ひとつを音楽のクラスに寄付した。
いつか彼が青空に向かって、篠笛を吹くのかな、とか思うと、一緒に吹きたくなった。
金網の向こうから、太陽の光が、道をたっぷり輝かせていた。

2011年2月25日金曜日

身近なアーティスト




NYのもうひとりの友人(っつうか、ねーさん)に、ちょうだぁ~い、、、とお願いした作品。
かたちはトランプで、
色はきつねで、
花びらがハローって言うてる。



大きいとっては、私の大きな手を枕にし、
心地よさそうです。
(っつうか、私が心地ええねんけど、、、)

ねーさんの作品、とにかくねーさんらしくて、
そしてそれは、どんなアーティストでも、できそうでできないことで、
私はスキップしたくなる。(なんでやぁ?)
多分、そんなアートをする人が自分の身近にいることがめちゃめちゃ嬉しいからやと思う。

2011年2月24日木曜日

Tea in NY


NYに2週間近くショーの仕事でいき、

滞在中にあたしの昔のアネゴのパーティーに招待されました。

着物を着てきてね、といわれ、え?

写真左で、わかったフリしてます、私。

アネゴはここ数年、NYで「お茶」を勉強しておられ、こういう話になってもおかしくないのでありました。


お茶のお友達、、、というか、師匠になるくらいの方々もこられ、

アネゴの自宅の茶室でアメリカ人にお茶がふるまわれました。

その後、右側でお茶をたてておられるお友達とアネゴともう一度会う機会があり、
お茶のお話をきかせていただきやした。

利休のわびについて。
『南方録』、新古今集の家隆の歌

「花をのみ まつらん人に やまざとの ゆきまの草の 春をみせばや」

を「わび」の心であるとしている。

歌の意味は

世の中の人はみんな、「春といえば花」とばかり思い込んで、花が咲くのだけを心待ちにしているのだろう。そういう人に、融けかけた雪の合間から芽を出した草が萌え出ている、この山里の春の景色を見せてやりたい。

利休が意味したのは虚飾を去るわびの心であり、もっと深く追うと、花という最高の華やぎに近づいてこそ、「やまざとのゆきまの草」、飾り気のない美しさ、または無に近い美を知ることができる、ということらしい。アネゴ達の会話はさらに進み、最高の華やぎを知って掴んでこそ、飾り気のない美は、執着を捨てるわびの心になる。何もしらずにいて、美への学びがないままに、「やまざとのゆきまの草」をわびととらえるのとは違う。

ふ~む、なんと深いのだろう!


2011年1月4日火曜日

世界中で一番しあわせな妻

新年の夜空、★がいっぱい。
オリガミ友達と一緒に夜遅くまで折る折る折る。
4人で集まって折る折る折る。

ジュディは気分屋で、機嫌の上下が激しく、わたしら、えらい目に遭う。
折ってる最中に気分上昇すると、歓声をあげて大騒ぎ。酔っ払いかぁ、おまえーっ。
が、気分沈滞すると、文句ばっかいう。ここはどう折るの?と、びちびちとききまくる。挙句の果てには、「退屈だわぁ」

彼女は、60代だけど若く見える。プチ整形に若返りの薬、なんでもありだ。
テニスにボーリング、オペラ・バレエ鑑賞がご趣味で、気分消沈のわがままさえなければ、話題が豊富なええおばさん。
弱きと貧しきを助ける正義の味方で、寄付は彼女の使命のひとつ。つまり金持ちらしい。

彼女の気分屋の理由は、わがままからきていない。実は彼女がのむ薬の影響なのだと、古参の友達連中は言う。

ジュディは、銀のスプーンをくわえて生まれてきた。
アメリカでは、裕福な家に生まれる赤ちゃんのことを、そんなふうにいう。
3人姉妹の長女で、3人とも、すこぶる仲がいい。
私立の学校に入り、富裕層の受ける教育の限りをうけ、
好きな勉強だけをし、
誰も憎まず、めったに泣くこともなく、
求める前に与えられ、苦労の前は通り過ぎて、育った。
あり得ないかもしれないけど、本当に、嫌なことはなにひとつ覚えていないのだそうだ。

パーフェクトの夫と結婚した。
彼は優しく愛に溢れ、仕事に優秀で富豪、人徳に富み、
ジュディは社交界で一番しあせな妻として仕えた。
そして世界中で一番しあわせな妻、というのは事実だった。

ところが、夫の突然の死が彼女の人生を変えた。
生まれて初めて知った悲しみは、彼女にとって、あまりにも未知で、違う星の出来事で、不思議の国のアリスで、闇の大海原だった。
求めても手にはいらないものがあることに困惑し、何日もベッドから起き上がれず、うつ病と診断され、薬をのみ始めたのだった。うつ病の薬は選択と調合が難しい。彼女は難しい薬をのむたびに、ひどいうつに落ち、酒をあび、アル中に。

家族は財を尽くして、彼女の治療をし、コスタリカに別荘を買い、医者と看護婦をやとい、1年後、彼女はフロリダの家に戻った。
昔から好きだったオリガミは続けている。でもまだ彼女は自分に起きた現実を、折り込めないでいるのだと思う。
オリガミ大好きという。じゃぁ彼女は知っているはずだ。どんなオリガミも、小さな皺や無駄な線、があり、最初から美しい折り目だけのオリガミなんてない。折り目の下には影があり、立体となり、造形の未来が広がる。
世界中で一番しあわせだった妻とわたしたちは、新年早々、Eric Gjerd氏の作品を折った折った。複雑さに文句をいいながらも、出来上がりに、彼女は嬉しそうだった。もちろん、私達も嬉しかった。

2011年1月1日土曜日

大晦日のテンコモリの感謝

2010年は、学びの大きな年で、何をそんなに学んだのかっていうと、
友達、そして出会った多くの人への深い感謝でした。
それは9月の母の死を通じて、大きな学びとなったのでした。

9月の母の死後、毎日のように国際電話をかけて一緒に泣いてくれた友達、
親身になって助けようとしてくれる大学時代の友達や法友(仏弟子の友をこう呼びます)
ちょっとしか会わないけど一緒に大騒ぎしてくれたコもいました。
こっちの仕事はまかせとけ、ってタンカを切ってくれたエージェント&ショー関係の人たち、
88歳の老体を東奔西走してくれたおじとおじ家族。

私は幸せなニンゲンです。
優しい言葉をもって助けてくれる人達に囲まれているのです。

優しさに包まれるのは、
ぬるま湯につかるようでイヤって、強がる思いがあったのですが、
優しさは、ただひたすらに安らかで、
何もかもを包んでくれるような大らかさでした。

今年の大晦日、
友達、仕事仲間、そして出会った人々に感謝の気持ちでいっぱいです。
本当に、みんなありがとう!!!

そして、このブログを読んでくださる方々に、感謝!です。
拙いブログだけに、これからもっといいものが書けるよう精進しますぅ~
みんなにとって、2011年の世界が素晴らしい年でありますように!!

2010年12月31日金曜日

歩け 歩け


新しい年の誓い、ってなもんを考えながら、散歩して、
ひとつ思い浮かんだ言葉は、
「finish!」
やり遂げる!

この10年間、いろんな夢やプロジェクトに手を染め、
それでいて、やり遂げていないもんがいっぱいあり、
やり遂げる!
が、2011年の目標です。

11、、、ってまっすぐでええ感じの数字。
やり遂げるには、他の人々との関わりが大きくなり、
忙しくなるだろうし、失敗も多いだろうけど、
11、、、ってしっかり立ってる感じやん。
私もしっかり立って、歩ける時には前に歩いていこう
って思います。

主にオリガミの新しいショーと作品、
あとは、箏を使った作品、
そしていくつかの本の出版、

やり遂げるにはどうしたらええんやろ?
計画をたてることはもちろん、
ある意味、やり遂げてしまうタクシーみたいなのがあるとなぁ、、、。
目的地にいくとき、タクシーに乗れば、着く。
飛行機に乗れば、着く。
宇宙船に乗れば、着く。

が、
着けばええというもんでもない。

いくつものプロセスの試行錯誤を繰り返し、
連戦連敗を重ねて、つくりだされる結晶に期待して、
とりあえずは、自分の足で歩いてみよう、って思います。
とりあえずは、周りのみんなと歩いてみようって思います。


PS: トップの写真はわたいとちゃいますよ。んなわけないやん。ショーのマジックに使え、と友達が送ってきたんです。使えへんってば。。笑
歩く姿が11みたいであまりにカッコええから貼ってしまいました。とにかく歩けってことで、、、。

2010年12月29日水曜日

今年もあと3日。ほんまになんやってん、私の2010年!反省しなさい -- はぁ~い。

(6:48AM)

うだうだ、、、、コーヒー、、、、トースト、、ちょっと思考、、、うだうだ、、、ため息、 ちょいとランニング、、、再びうだうだ、、、ちょっと反省、、、約3分の鬱、、、、、、ラジオニュース、、、ショーのオリガミ作成、、、もいっかい反省、、、もいっちょ鬱、やがて開き直り、、、かなり開き直り&2杯目のコーヒー。

(9:48AM)

反省終了。

あ~、すっきりした。反省をいかして、次へといかすのであ~る。(← 言うだけ、、、)

何を反省したかは、恥ずかしくて書けやしませんが、
感謝したことは書けるもんね。

2010年12月22日水曜日

建築家に最も必要な資質



世界的に活躍し、多くの建築とプロジェクトに成功を遂げている安藤忠雄著の「建築家」の言葉をもうひとつ。

彼が東京大学大学院で行った講義のひとつ。

「・・・現実の社会で、本気で理想を追い求めようとすれば、必ず社会と衝突する。たいてい、自分の思うようには行かず、連戦連敗の日々を送ることになるだろう。それでも、挑戦し続けるのが、建築家という生き方だ。あきらめずに、精一杯走り続けていけば、いつかきっと光が見えてくる。その可能性を信じる心の強さ、忍耐力こそが、建築家に最も必要な資質だ ・・・」




必要な建築家の資質は、パフォーマーにも同じことがいえると思う。もしかしたらどんな職業にもあてはまる。もしかしたらどんな人生にもあてはまる。

今、朝7時、4時に起きてからずっと窓にあった満月がかなり低くなり、林に落ちていこうとしてます。夜を照らし続けた満月にありがとう、っていいたいです。闇の深い夜は、本当に朝が来るのか、疑ってしまう。でも夜は必ず明けます。「いつかきっと光が見えてくる」ってほんまやから信じる強さを持ちたいっ、て思います。

2010年12月20日月曜日

安藤忠雄 ★ 建築家


かつて住吉の長屋にコンクリ打ちっぱなしのプラモデルみたいな家をつくり、この上もなく生活感にみちた家にしてしまった建築家の本。雨の日、傘をささないとトイレにいけない中庭のある家、とんでもない。そのとんでもない理由が、この本を読むとわかる。そして、建築の抱きこむ、住と人との関係、町と人との関係、さらには、地球と人との関係を、問題提起をもって挑む建築家の自伝エッセイでした。

ちなみに住吉の長屋の「そのとんでもない理由」の断片は、、、

なぜ街に無表情な壁を向け、合理的な動線計画という現代住宅の不文律を破るような構成を選んだのか、、、

問題はこの場所で生活を営むのに本当に必要なものは何なのか、一体住まうとはどういうことなのという思想の問題だった。それに対し、私は自然の一部としてある生活こそが住まいの本質なのだという答を出した。限られたスペースであったからこそ、その厳しさもやさしさも含めた自然の変化を最大限獲得できることを第一に考え、無難な便利さを犠牲にした。
「無難な便利さ」、、気になる言葉です。特に自然に求める「無難な便利さ」は、不便で理不尽な災害や、不快な自然の部分はそぎとろうとする。建築は、川の埋め立てにのっかる。それでいいのか?
考えさせられました。川の埋め立て、、、については、2009年の彼のプロジェクト、大阪VSベニス、、、というインタビューがあります。

http://www.tadao-ando.com/news01.html


私は以前から建築に興味があったわけじゃないけど、安藤さんは関西の方なので、よくテレビのインタビューや新聞に登場され、スキッとした関西弁が、カッコよかった。そして何らかの問いを聞き手に残していかれることが多く、いつの間にやら私も彼の建築を見たくなり、じゃぁ、って出かけて見ると、彼の」残した問いが更に生々しく、なんともいえない感動を覚えるのでした。

その場所にその時代にしか出来ない建築。
現実の年をいかに考えているか、いかなる問題提起をしているか。重要なのは建築の背後にある意思の強さだ。
383ぺージ、読んだ、読んだ。
そんでもって、この本、手にとって気持ちいい大きさ、紙と印刷もちょいと凝ってます。


2010年11月17日水曜日

エヴリン・グレニーが触れるサウンド

大好きなミュージシャンのエヴリン・グレニーの
新しい(?)クリップを見つけました。



彼女は、耳が聴こえませんが、
音楽の才能は、聴覚を超えることを主張します。
このリハーサルのビデオも、たまたまみつけたのですが、
後ろから見ると、彼女が身体全体で音を感じ取っているのがよくわかります。

Evelyn Glennie, 2008 Cabrillo Festival Rehearsal from Cabrillo Festival on Vimeo.


TEDに彼女のデモがでていて、このブログでもビデオを入れたんですが、
最近日本語訳が入りました。このページへ飛び、ビデオ画面をクリックすると Right ON!

以前にもどこかで出したかもしれませんが、
彼女のドキュメンタリー映画 Touch The Sound も
多くの音への気づきと、彼女の音楽への真摯な思いをくれて、感動します。

2010年11月15日月曜日

劇場の無限の可能性

ひにちぐすり。私の嫌いな言葉です。
これを言われると、元気がでるどころか、
ぐったりくるっちゃね。
なぜかというと、「時間に耐えなさいよ」ってことで、
その忍耐を思うとぐったりくるっちゃね。

ところが最近、この言葉好きになってきて、
嫌いで好きな言葉になりつつあります。

言ってみれば、バカヤローって泣きたい気持ちがあっても、
時間に耐えてるうちに、おもろいことだってあるし、
ぐんぐん前に進んだりしてたりもする、、、

感動が時間や耐えることを忘れさせてくれること、ってありますよね。
そんなMiwa Matreyekの作品です。

2010年11月12日金曜日

母の咲かせた花


9月に死んだ私の母へ、夫が買った鉢植え。
いっぱい花を咲かせ、
四十九日が過ぎた。
母の心不全から2ヶ月がたつ。
そして私は、悲しくて背中を丸めること、ほとんどなくなった。

どんな悲しみにあっても、
心模様は変わっていくんだなぁ、と思う。
悲しみの代わりに
母のおもしろかったことをよく思う浮かべる。
母はおもしろい人だった。
それが私の自慢だったりした。

何がそんなにおもしろい?って、思うねんけど、
空が青くて、いい加減な答えだけが出てきます。

1、母の辞書には論理ということばがない。

論理的にまわらない母との会話。
例えば、、、
私「町内会の人にお中元を渡した?」
母「そういうことはしたらあかんねん、去年からそうなってん。そらそうよ。贈り物をしてえこひいきしてもらおうなんて、許されへん。当たり前やん。」
私「ほなら、もう今年はお中元なしやな。」
母「いや、お中元はするで、町内会の人にはよくしてもらいたいもんっ」

???

2、平気で人をこけおろす。

母が救急車で関西偉医大病院は運ばれる途中、
車内の窓から、おばあちゃんがよろよろと救急車の前に出るのが見え、
私と看護婦さんが思わず叫んだ。
「危ない~!あんなことしてたら、おばあちゃん交通事故で死ぬわぁ」
狭いベッドの中で、母は一言。
「ああいうのに限って、死なへんっ」
車内は大爆笑。

3、平気で人をこけおろす、しかも本人の前で。

通っていたジムに一緒にいくと、母のなじみのジムのトレーナーが
「山本さん、今日は娘さんとご一緒ね。よくでけた娘さんやって伺ってますよぉ(お世辞&ニコニコ)。いやぁ、うちの娘なんかできが悪くて、、」
すると母、
「あんたに似たんや。ははは」
そういうこと、言うかぁ。。

4、ハンサムと美人に弱い。

そして自分がそれらとコネクトすることに執着する。
レストランでハンサムなウェーターが来ると、必ず言う言葉がある。
「はぁ~、私が美人やから、ウェーターもハンサムなんやで。」

母は人生をいつも愛した。その理由は、、、
「あたしかわいいから、うまくいくねん。あんたも美人に生んどいたから、ええ人生送ってや。ジョンもハンサム、あんたの友達もみ~んな美人。ほんま、人生ってええなぁ。」

ふむ、この展開はアインシュタインの自信にも似て、天才的な広がりをみせる。さらに、母の口癖は、「あんたは賢い。」誰にでも言う。もちろん自分も賢い。

5、かなりコドモっぽい。

小学校の教職で、低学年を30年も教えたら、こうなるのだろうか?

食事の際に、まず自分の一番好きなものをお皿の隅にやる。
「だって、最後に食べたいも~ん」
本気で言うから呆れる。

シールが好き。母からの手紙は、恥ずかしくなるほど、シールがベタベタ貼ってある。挙句の果てには自分が描いた絵を切り抜いてのりで貼る。のりで貼らんでも、そのまま描けばいいのに、って私がいうと、無視をする。

効果音を出すのが好き。どひゃ~、あじゃパー、ありゃりゃ、どか~ん、など。会話にしょっちゅう現われる。すごいタイミングでいう。
例えば、私の大学入試の時、第一志望に落ちてがっくりして母に報告したのだが、母は笑って「あじゃパー、、」

楽しいことがあったら、悲しいことをすぐ忘れる。かなりきっぱり忘れる。


一緒にいると恥ずかしくなるようなことをいっぱいするが、
一緒にいると微笑ましいこともいっぱいあった。
よく笑わせてくれた。
世界中で一番好きだった人。

ねぇ、おかあさん、この花、きれいやね。
話かけると、母の声がきこえた。
「ほんま、あたしみたいやな。」

2010年6月1日火曜日

Momix Lunar Sea (Sun Flower Moon)

NYのお友達が、MOMIXのショーを観に行ったとのことで、
いてもたってもいられなくて、ビデオを探しました。
ひとまずこれで今日は少しつまみ食いしたことにします。
ほんとはいっぱいみた~い!!!

2010年5月31日月曜日

Sand Art

私のイマジネーションが、ありがとう!って言うてました。
Ilana Yahavによる砂のアニメーション。
少し長いので、ごゆるりと、どうぞ ★

2009年12月14日月曜日

12 Scenes of Origami World

Origamiをテーマにした私の新しいショーは、私がオリガミを作ったり、他のアーティストの作品をみて、
楽しんで、驚いて、魔法にかかるような感動から始りました。特に1980年以降は新しいデザインの連続で、エキサイティングな魔法でした。



日本の宇宙科学研究所の三浦氏はソーラーアレーを有効に折り込むためオリガミデザインを使った。オリガミはどんな大きな平面であっても折り込むことで、小さくしてしまうことができる。私は、それが美しくかつエレガントに思えたりする。


「折」という字は、「祈」に似ている。祈りをこめて折る、広島、、、。


ひとつ折るだけで、光と影が生まれる。

なんでもない幾何学デザインに光をあてると、、、



ガリアーニの服、Sandra Backlundのデザインはおもしろい。



オリガミは楽しい。


その可能性は無限で、楽しさも無限だったりする。


そして何よりも、オリガミは限りなくシンプルなデザインで始まった。

2009年9月21日月曜日

クラシックコメディに注目!



ダーリンと1950年代のSid Caserコメディテレビを観る。
このビデオの男役がSidで番組は彼中心に、
コント、スタンドアップ、音楽、をミックスしている。
50年代にはよくあったスタイルなのだろうけど、
すごいわぁ!
そしてテレビ脚本が、メル・ブルックス、ウッディ・アレン。
かつてこんなテレビの時代があったんだな~

2009年9月1日火曜日

原画が見たいイラスト 



Girls at War and Other Stories by Chinua Achebe

この本、ふとしたことからみつけて、
この絵からこぼれでるナイジェリア内戦の悲しみを感じました。
Edel Rodriguesのイラストです。
一枚の絵が呼び起こす感動、劇場にあるべきですよね。

2009年8月28日金曜日

アルマーニの足し算

アルマーニの2009年春のコレクションに
日本の着物の柄がいっぱいとりくまれています。
今日、発見しました。
こんな足し算の仕方があるんだなぁと、と
楽しかったです。