2011年7月7日木曜日

尺八キャンプ in Colorado

尺八???、なんで始めたんや?
ってよく質問されます。

アンティーク音色という素晴らしい!店が横浜にあって、
そこで、中古の箏をあさっていると、初対面から仲良くしてくれた店主さんが
「これって、秀れものなんですよぉ」
って、プラスチックの尺八を吹き始めた。
アメージンググレースを吹くから、びっくり。
それって私の大好きな曲、、、。
尺八の音色は何よりも壮大で豊かで、繊細で鳥の羽のようで、
恋に落ちたのでした。

スカイプでレッスンを始めて、複式呼吸から始まり、
演劇の発声と同じやからカンタン、と思うたけど、
そうはいかのキンタ*。

で、
技量不相応にも関わらず参加したこのコロラドキャンプ
上手な人たち、ごめんなすってよ。

尺八コミュニティは白人のおっさんがほとんどで20人位、オンナは私を含めて4人。
誰もがホトケのように優しい。
ほんでみなさん、オタクの香りいっぱい。
一例をあげさせていただきますと、
車で一緒になったハワイの若者はコンピューター技師で
カリフォルニアの音響技師と高度な情報交換に1時間喋り続けてはった。
ちょっとオリガミアートの連中に似てる。

先生は4人。
倉橋容堂
ブラスデール遥盟
ライリー リー
ウィーラー勘輔

加えて、お箏の先生、平岡ようこさん。

クラスはグループレッスンと個人レッスンに分かれていて、
先生3人が技量に応じたグループに分かれ、
夜はレクチャー主体。

私は初心者組に行き、
朝昼、ぶっ続けで、聞いて吹いて聞いて吹いて、の繰り返し。
間違えても気にせず、音がはずれたら必死であわせ、
とにかく吹く吹く吹く!

食事はキャンプの畑でとれた野菜中心でおいしい。
コロラドの田舎の山の空気はおいしいし、私しあわせ。
朝は4時半に目覚ましをかけ、丘を登って、朝焼けを見ながらロブキ(=尺八のロの音を吹き続ける)。


朝焼けはなかなか出てこなくて、まずは薄暗い空。
そしてやがて朝焼け!



標高が高く、下界を見渡すと、自分が大きな空になったようです。
小さな世界に生きて、小さなことにクヨクヨするお前、さようなら。
尺八の音はそんな空の音だなぁ、って思いました。
私なりに追い求めてみたいです。




最後に、女が尺八を吹くことに想像を膨らます諸君は、
男が尺八をする想像にも膨らませたまえ。それが平等というものじゃ。


2011年6月25日土曜日

尺八キャンプ





フロリダはもう夏休み。

この夏休みは、尺八に挑戦します!

数年前、ふとしたことから練習用の尺八を手に入れ、鳴らしてみたりしたのですが、

まるでだめで、投げ出したままでした。



師匠はデービッド勘輔ウィーラー先生。

日本人より日本人、のアメリカ人。

流暢な日本語で、習字で鍛えた手書きは私より綺麗で、

冗談は無尽蔵のオヤジネタに富み、見事。




彼は、早稲田大学留学がきっかけで尺八を習い、

東京大学の音楽科で修士号を得て、

宗家順輔先生のかつての芸名「勘輔」を襲名。




彼と会ったのは3年前のカンサスのフェスティバルの楽屋でした。

とても気がきくオヤジ、気配りテンコモリで、

師範とはいえフレンドリーで、かつプライドはしっかりとあり、かっこええ。

演奏は心の森を歩くような澄んだ音とニュアンスでいっぱいの音楽です。




尺八演奏家として、

日本の伝統芸能を深く学び、

研鑽されたふるまい、深い思考、

学びたいところばかり。




このどえらいプロの尺八奏者からレッスンを取り始めたんえ。

おまけに、

尺八夏集中キャンプに行くことになった。

あたし、大丈夫かいな。。。




キャンプはコロラド州であります。

興味のある方はこのサイト。

http://www.shakucamp.com/




デービッド勘輔ウィーラー師範の情報は

テレビやコンサート演奏以外にあまりなく、

まとまった情報はこのあたり、、、。

http://www.komuso.com/people/people.pl?person=811




ってことで、今から練習しますぅ。

ほんでその後、水泳。

水泳?ランニングじゃないの?その話はまた>>>

2011年6月17日金曜日

父の日に想う私の父親体験。




2歳の頃から母子家庭の私ですが、父親体験というのはあります。

1)父の日のお絵かき

最初の父親体験は、ピッカピカの一年生。父の日にちなんで、父親参観があり、その日に壁を飾るオトウサンの顔のお絵かき。私はオカアサンのお顔をリカちゃん人形みたいに描き、お母さんの好きな赤をバックにクレヨンで楽しく塗りました。小川先生はにこにこ, 私は大得意でした。自分にとっては、お母さんは同時にお父さんなのでした。

いなくてさみしいね、というどっかのオトナの言葉も、一体何を意味するのか、わかりませんでした。

2)父の死への疑惑

「あたしのオトウサンはなぜいないの?」
と母にきくと、母は面倒くさそうに、死んだ、というのが常でした。

「なんで死んだの?」
聞こえないフリをする母にしつこく聞くと、病気やん、とありきたりの答え。

「なんの病気?」
うるさいハエをはらうかのごとく母は、知らん、とのたまう。

「いつ死んだん?」
ひつこく迫るわが子に母は、ずっと前、とその場しのぎの回答。

「どれくらい前?」
しつこいスタミナ抜群の私に母は、ずっと前で忘れたわっ、と投槍。


「いつやのん?まだ生きてるんやろ!」
激しい攻撃に出た私に母は、堪忍袋の緒がきれ、ついにどなるのであった。

「死んだっていうてるやろ!どえらい病気や、ずっとずっと前にコテンっといったんや!」

私も負けずにどなる。
「ずっとずっと前っていつっ?」

ここですごい返答が帰ってくる。
「ずっとずっと、ずっと前、アンタが生まれる前やぁ!はははっ!笑」


・・・・んなアホな、、。




3)真夜中の父親体験

というわけで、私は中学生くらいまで母の言葉に騙され、
父は死んだと思っていたわけです。
で、
小さい頃から、父は「いない人」で、
どこの家もそうだと思ってました。

友達やテレビが父親の存在を私に見せても、
「家にはいない人」で、夕方お仕事から帰ってきて、
夕飯を一緒に食べて、ちょっと晩酌して、
ほんで山に芝刈りに出るって思ってました。
で、朝になったら帰ってきて、ワイシャツ着て、会社に行くのだ~。
これでいいのだ~ ボンボンバカボン、バカボンボン~♪

つい歌って笑ってしまいそうですが、、、
これウソとちゃいます。ほんまにそう思ってたんです。

なんという子供時代だったのだろう。はぁ、、、。

中学2年生の時まで信じてました。
ところが、夏休みに友達の家にお泊りに行った時、
初めてわかったのです。事実が、、、

夜中に眠れなくて、台所にミルクを飲みにいきました。
すると、山に芝刈りに行ったはずの友達のお父さんが、お茶づけを食べているのです!
私は目が点で、翌朝友達から真実を知らされました。
だけど、なんだか、ピンとこなくて、現実と夢の間をうろうろしてる感じでした。
お父さんというのは私にとっては現実をこえて空想の世界で体験するもんで、
現実は何か空々しく、インケツに近く、
私の父親体験はこの日をもって終了。チャンチャンっ♪





2011年6月4日土曜日

歌川国芳展 大阪最終日


大阪にいたとき、行きました。
圧巻です。
400点もの作品、飽きずに見てしまいました。
躍動感、シュール、ユーモアに溢れていました。
生の色味などは独特だし、実際に足を向けてよかった展示でした。

気合を入れてみたいと思う方は時間の余裕をもって参上つかまつれ。
拙者は3時間かかり申した。
足がボーでござりまする!


2011年5月25日水曜日

おじはマリリンモンローの胸をさわった!

おじは戦後、伊丹米軍基地のグランドオペレーションを担当し、米軍補佐官やパイロットとの仕事をしていました。

ある日、マリリン・モンローが慰問にきた。

それはもうすごい人気で、飛行機の降り口には、祭りのようなおしくらまんじゅうで、ミリタリーポリスが境界線を作って、おしくらまんじゅうを押し返すのでした。

おじは待ちきれなくて早くから待ちうけており、一番前にいました。

当時のマリリンの夫(だったっけ?)野球選手のデマージオがまず降りてきて、

おじいわく、

― はぁ、そらぁ、ええオトコやったぞ。

次にマリリン。

― そらもう、綺麗かった!(コーフンを隠せないおじ)

おしくらまんじゅうは前倒れになり、ミリタリーポリスが抑えようにも抑えきれず、一番前のおじは前のめりになり、張り出したうでがマリリンの胸を触ったのだそうです。

― 世界中、日本人で俺だけやで、マリリンの胸をさわったのはっ!


おじはこの話をすると異常にコーフンする。

実はおじは質実剛健な人で、ジョーダンなんて通じないし、どちらかというと無口で、兵庫県の不動産鑑定の仕事をし、硬いイメージの人なのです。若い世代の言葉が大嫌いで、つまらない流行言葉を言うとよくどなられたもんです。そんなおじにもこんな話があり、こんな若いときがあった。なんだかすごくおじに近づいた気持ちになるのでした。

2011年5月21日土曜日

やるやんか~

後先になりますが、
大学時代の友達に会った、というのは、
先週のことで、急に日本に帰ったときのことです。
おじが急遽、ガン手術をするということで、
えらいこっちゃと、駆けつけました。
私がおらなあかんっちゅうこともないが、
母の死以来、私の杞憂が高まり、
もしものことがあっては、と思うといてもたってもいられませんでした。
おじの口内ガンの手術は無事に終わり、
3週間の入院でかなり疲れ、痛みはまだあるものの、
どうにか退院を迎え、おばの手厚い看護もあって、
あとは、私としては祈るばかり。

とんぼ返りわっしょい。
フロリダに戻り翌日ショーの仕事。
ショーの後は、アーティストのネットワークのための集まりがあり、
Tampa Museum of Art へ。
こんな場所の会議室を使うなんて、やるやないか。
集まりは、アーティスト同士のコラボの可能性を高めるのが目的で、
Arts Council of Hillsborough Countyが毎月主催。


集まりは、1時間きり。
短いがな、やるやないか。
ランチを持ち込んで、お互いの近況とニーズを発表する。
人数は20人ほど。
始まる前に、この美術館のディレクターが、美術館の案内をしてくれ、
ドガのコレクションへと行く。ドガ、、、え、あのバレリーナの絵のドガ?
しけた美術館、、と思うたら、やるやんかぁ。
14歳のバレリーナの彫刻に、すっかり魅せられた。




静かな美術館で、つい先週の日本での会話がよみがえった。

「くにこは、ずっとアメリカに住むのんか?」
入院中のおじが、思い出したかのように訊いた。
うん、と私が答える。
「食っていけんのか?」
うん、一応。

「なかなかやるやんけ、へへん。」
手術で切り取った左上あごを、かばいながらおじは少し微笑んだ。
 おじはいつも優しい
 おっちゃんこそ、今でもレーバンのサングラス。やるやんか。戦後の伊丹基地でマリリンモンローの胸を触ったもんね。やるやんか。>>>その話は次回に。へへん!


 













2011年5月18日水曜日

またね、っていう詩


大学時代の友達とは
もう20年以上も会ってなくて、
もうこれ以上待ってなくて、
あの日のまんまじゃなくても、
快刀乱麻じゃなくても、
みんなでちょっと会うことに。

私を含めて7人、あたしんちで宴会。
遠くは福岡から大阪へ新幹線で、
お互いスケジュールはいかんせんで、
だからこそ、会えたこと爽快。

帰りたくなくなったヤツ、誰?
オレ、あたし、、、
雑魚寝で迎えた朝、
まだ遊び足らないヤツ、誰?
オレ、あたし、、、
最後は京都で昼。

幸せもインケツもいっぱいあるのに、
結局は笑うことに必死になって、
笑いつかれて、
ウクレレみたいにうかれて。

誰かが言った。
なんか元気もらったな、って。
あたしも言った。
ほんまやな、って。

昼下がりの空に、またね、ってグッバイ。
今日も明日は過ぎた日。
後姿を追わずにみんな、またね、ってグッバイ。